名古屋サウスサイド バイブル バプテスト教会は伝統的・保守的なバプテストの教会です。


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2018年9月9日(日曜日)

「マッティアの選び」使徒1:23-26

カテゴリー: - kayo @ 10時00分00秒

 「マッティアの選び」使徒1:23-26

 1.二人の候補(23節)

  「バルサバと呼ばれ、別名をユストというヨセフと、
   マッティア」

  この時120人ほどの人が集まっていたが、十二使徒の条件
  (.ぅ┘垢慮生涯の間、行動をともにした人たち復活
   のイエスを目撃した人たち)に当てはまるのは、この2人
   だった。

 2.マッティアの選び(24-26節)

  ゝГ
  「神はすでに十二使徒となるべき人物を決めておられる。
   それがわかるように示して下さい」という祈りである。

  △じ
   旧約時代は、くじが神のみこころを知るための手段と
   して用いられた。くじはマッティアに当たり、彼が十二
   使徒となった。

 3.使徒職とは何か

  ―銃鷸氾

  △修里曚の使徒(イエスの兄弟ヤコブ、バルナバ、パウロ)

 【まとめ】

  .泪奪謄アの選びは、神によって決められていた。

  教会の職務は、すべてキリストによって立てられている。

                  (文責:小山淳也牧師)


2018年9月2日(日曜日)

「ペテロの提案」使徒1:15-22

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「ペテロの提案」使徒1:15-22

 1.十二使徒補充の提案(15-17、20節)

  ペテロは、ユダがいなくなったために欠員となった
  十二使徒の補充を提案した。彼は詩篇を引用しなが
  ら(詩篇69:25、109:8)、その必要性を説明した。

 2.ユダの最期(18-19節)

 「このユダは、不義の報酬で地所を手に入れたが、真っ
  逆さまに落ちて、からだが真っ二つに裂け、はらわた
  がすべて飛び出してしまった。(18節)」

  ユダは主イエスに召し出された者であるにもかかわら
  ず、意図的にイエスを裏切った。もしユダのように
  イエスの敵となるならば、このような結果を刈り取る
  ことになる。

 3.十二使徒の条件(21-22節)

  ペテロが語った十二使徒の条件は以下の通りである。

  .ぅ┘垢慮生涯の間、行動をともにした人たち。

  復活のイエスを目撃した人たち。

 【まとめ】

  /世望い気譴深圓蓮忠実さが求められる。

  ⊃世竜舛鷲ず守られる。
   主イエスに期待して、地上での生涯を全うしよう。

                  (文責:小山淳也牧師)


2018年8月26日(日曜日)

「エルサレムへの帰還」使徒1:12-14

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「エルサレムへの帰還」使徒1:12-14

 1.オリーブ山からエルサレムへ(12-13節)

  使徒たちにとって、エルサレムは危険な町であった。
  しかし、彼らはそれを承知でエルサレムへ帰った。
  なぜなら、それがイエスのご命令、すなわち神のご計画
  だからである。
  これは、一般の人々とクリスチャンとの大きな違い。
  人の目にはいかに危険な場所であったとしても、そこに
  行くのが神のみこころであるならば、喜んでそこに行く
  のがクリスチャンである。

 2.祈り(14節)

 「彼らはみな、女たちとイエスの母マリア、およびイエス
  の兄弟たちとともに、いつも心を一つにして祈っていた。」

  復活のイエスに出会う前の使徒たちは、ユダヤ人を恐れて
  隠れるように過ごしていた。でも、彼らはもはや恐れるこ
  となく、他の人々と一緒に祈っていたのである。彼らは、
  聖霊が与えられるというイエスの約束(使徒1:8)がもう
  すぐ成就するという期待感で一致し、熱心に祈ったのだろう。
  主に期待しつつ、心を一つにして祈る。これが、クリスチャ
  ンの祈りの原点である。

 【まとめ】

  〇氾未燭舛魯ぅ┘垢里缶仁當未蝓危険を承知でエルサレム
   へ帰還した。

  ∋氾未燭舛篭欧譴襪海箸覆、心を一つにして祈っていた。

                  (文責:小山淳也牧師)


2018年8月19日(日曜日)

「イエスの昇天」使徒1:9-11

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「イエスの昇天」使徒1:9-11

 1.昇天するイエス(9節)

  イエスは、地上での最後のご命令(使徒1:8)を語ってから
  天に昇った。そして雲に包まれて見えなくなった。もはや
  イエスは、地上でなすべきすべての使命を果たしたのである。

 2.再臨の預言(10-11節)

 「ガリラヤの人たち、どうして天を見上げて立っているので
  すか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、
  天に上って行くのをあなたがたが見たのと同じ有様で、
  またおいでになります。」

  これは御使いによる再臨の預言。
  「今、天に上げられたイエスは、同じ有様で(栄光の雲に
   包まれて)また地上に戻ってくる」ということ。この
   ことは旧約聖書でも預言されている(ゼカリヤ14:4)。

 3.イエスは今、どこで何をしておられるか(使徒2:33)

  地上での使命を終えたイエスは、父なる神の右に座し、
  聖霊を通して働いている。すなわちクリスチャンの集まり
  である教会を通して福音宣教を進めておられる。

 【まとめ】

  .ぅ┘垢蓮地上でのすべての使命を終えて昇天した。

  △修慮紂∪士遒瞭きによって世界宣教が進められる。

  聖霊の働きが終わると、イエスは再臨し、神の国が実現する。

                  (文責:小山淳也牧師)


2018年8月12日(日曜日)

「最後のご命令」使徒1:6-8

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「最後のご命令」使徒1:6-8

 1.使徒たちの質問(6節)

  弟子たちは神の国を期待していた。
 「いよいよ、イエスが王となって、この世をご支配なさる」
  と思ったのである。

 2.イエスの答え(7節)

 「いつとか、どんな時とかいうことは、あなたがたの知る
  ところではありません。それは、父がご自分の権威を
  もって定めておられることです。」

  メシア的王国(千年王国)、すなわち世の終わりがいつか
  ということは父なる神が権威をもって定めておられることで、
  私たち人間にはわからないのである。

 3.イエスの最後のご命令(8節)

 「しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは
  力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの
  全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」

  聖霊の力こそ、主イエス・キリストから与えられた使命を
  全うするために必要かつ十分な力である。

 【まとめ】

  \い僚わりを定め、知っておられるのは父なる神だけである。

  ∧_酸覿気論士遒領呂砲茲辰匿覆瓩蕕譴襦

                  (文責:小山淳也牧師)


2018年8月5日(日曜日)

「聖霊によるバプテスマ」使徒1:3-5

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「聖霊によるバプテスマ」使徒1:3-5

 1.神の国(3節)

  復活のイエスは、昇天までの四十日の間、使徒たちに
  神の国について語った。神の国とは以下の通りである。

  .リストを信じた人の内面が変えられること(内面的)

  ▲リストを王とする、すべてが回復された世界(外面的)

 2.父の約束(4節)

 「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を
  待ちなさい。」

  父の約束とは、聖霊が与えられることである。(ヨハネ14:16-17)
  この約束は、五旬節の日にエルサレムにおいて、聖霊降臨
  として成就する(使徒2章)。

 3.聖霊によるバプテスマ(5節)

 「ヨハネは水でバプテスマを授けましたが、あなたがたは
  間もなく、聖霊によるバプテスマを授けられるからです。」

  聖霊降臨以降、イエスを救い主として信じる者は、信じた
  瞬間に聖霊によるバプテスマを受けるようになった(聖霊の内住)。

 【まとめ】

  \士遒砲茲襯丱廛謄好泙蓮▲ぅ┘垢鮨じた瞬間に起こる。

  ∪士遒砲茲襯丱廛謄好泙鮗けた人は、その証しとして
   受浸(じゅしん)する。

                  (文責:小山淳也牧師)


2018年7月29日(日曜日)

「聖霊の働き」使徒1:1-2

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「聖霊の働き」使徒1:1-2

 1.ルカからテオフィロに(1節)

 「テオフィロ様。私は前の書で、イエスが行い始め、
  また教え始められたすべてのことについて書き記しました。」

 使徒の働きの原著者はルカ。「前の書」とはルカの福音書のこと。
 彼はルカの福音書を書いた後に使徒の働きを書いている。ともに
 テオフィロというローマの高官に向けて書かれた。

 2.前の書に書かれていること(1-2節)

 「イエスが行い始め、また教え始められたすべてのことについて」

 ルカが「始めた」ということばを2回使っていることは興味深い。
 つまり、イエスの働きは終わっていないのである。主イエスは今、
 生きて働いておられるのである。

 3.聖霊の働き(2節)

 「それは、お選びになった使徒たちに聖霊によって命じた後、天に
  上げられた日までのことでした。」

 私たちの心を開き、みことばを理解させるのは聖霊の働きである。
 使徒たちは、この聖霊の力を受けて働きを進めていった。
 「使徒の働き」は「聖霊の働き」である。

 【まとめ】

  .ぅ┘垢瞭きは、今も続いている。

  ▲ぅ┘垢郎、聖霊を通して働いている。
 

                  (文責:小山淳也牧師)


2018年7月8日(日曜日)

「本当に必要な備え〜聖書に見る人生の法則〜」

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「本当に必要な備え〜聖書に見る人生の法則〜」
 第2回「神が用意した備え」創世記1〜3章ほか

 1.天地創造(1章)

  ‥恵亘物は神によって造られた。

  ⊃佑録世里たちとして造られた。

  神によって創造されたものはすべて、非常に良かった。

 2.エデンの園(2章)

 神が人のために用意したエデンの園には、生活の必要が
 すべて備えられていた。人は、「善悪の知識の木からは、
 食べてはならない」という神の命令さえ守れば良かった。

 3.命令を破った結果(3:1-13)

 善悪の知識の木の実を食べた結果、人に罪が入り、神から
 身を避けるようになった。こうして人はエデンの園を出て
 いき、神が用意して下さった恵みを受けることができなく
 なってしまった。

 4.回復の道(3:14-15)

 「女の子孫」すなわちイエス・キリストを信じる者は、
  罪赦され、永遠のいのちを頂ける。
  そして神と和解し、神の恵みを受けることができる。
  イエス・キリストこそ、神が私たちに用意して下さっ
  た備えである。
 「罪の報酬は死です。しかし神の賜物は、私たちの
  主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。(ローマ6:23)」

                   (文責:小山淳也牧師)


2018年7月1日(日曜日)

「これらの証しは真実である」ヨハネ21:24-25

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「これらの証しは真実である」ヨハネ21:24-25

 1.これらの証しの信頼性(24節)

 「これらのことについて証しし、これらのことを書いた者は、
  その弟子である。私たちは、彼の証しが真実であることを
  知っている。」

 ヨハネが書いたことは、彼自身が目撃し、体験したことの証言
 である。彼はそれらを聖霊の守りと導きのもとで記した。
 それゆえ、これらの証しは全て真実である。

 2.結び(25節)

 「イエスが行われたことは、ほかにもたくさんある。その一つ
  一つを書き記すなら、世界もその書かれた書物を収められな
  いと、私は思う。」

  ,海諒_蚕颪暴颪れているイエスのみわざは、一部である
   ヨハネは、ここに書かれていない多くのことを直接的に、
   あるいは間接的に見てきた。それらがあまりにも沢山ある
   ので、それらを全て書き記すことはできないというのであ
   る。そこで、数多くあるしるしの中からいくつかを選んで、
   書き記したのである。

  ▲ぅ┘垢里澆錣兇蓮△海海房まりきるものではない
   イエスは、今からおよそ2000年前に活動されただけではな
   く、その後使徒たちの間に、そして、後世のクリスチャン
   たちの内に働いてさまざまなことを行っている。ヨハネの
   福音書はこれで終わりだが、福音の物語はまだ続いている
   のである。

                   (文責:小山淳也牧師)


2018年6月24日(日曜日)

「それぞれの使命」ヨハネ21:20-23

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「それぞれの使命」ヨハネ21:20-23

 1.ペテロの好奇心(20-21節)

 「ペテロは彼(ヨハネ)を見て、『主よ、この人はどうなのですか』
  とイエスに言った。」

 ペテロとヨハネは元漁師仲間。イエスに召し出される前から一緒
 だった二人は、互いを意識していたようである。自分が殉教の死
 を遂げることを予告されたペテロは、「では、ヨハネはどうなる
 のか」ということが気になったのである。

 2.イエスの戒め(22節)

 「わたしが来るときまで彼が生きるように、わたしが望んだとして
  も、あなたに何の関わりがありますか。あなたは、わたしに従い
  なさい。」

 キリストの弟子にとって大切なのは、ただ自分の召しに忠実に
 歩むこと。ペテロにはペテロの、ヨハネにはヨハネの、それぞれ
 異なる使命がある。他人への好奇心(野次馬気質)は、かえって
 自分の歩みを邪魔してしまう。

 3.間違った噂(23節)

 クリスチャンたちの間で「ヨハネは死なない」という噂が広まっ
 た。しかし、それはイエスのことばを断片的に聞いたことによる
 誤解であった。イエスは「わたしの再臨までヨハネが生きるよう
 に、わたしが望んだとしても」と言っただけである。

                   (文責:小山淳也牧師)


2018年6月17日(日曜日)

「ペテロの使命」ヨハネ21:18-19

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 「ペテロの使命」ヨハネ21:18-19

 1.ペテロの最期の予告(18-19節)

 「まことに、まことに、あなたに言います。あなたは
  若いときには、自分で帯をして、自分の望むところを
  歩きました。しかし年をとると、あなたは両手を伸ばし、
  ほかの人があなたに帯をして、望まないところに連れて
  行きます。」

  以前のペテロは自分が考えた人生を歩んでいた。
  イエスと出会う前は漁師として働き、自分の腕に自信を
  持っていたことだろう。イエスに出会ってからも我の
  強さが見え隠れしていた。イエスを主としながらも、
  まだ自分が主役となっていたのである。
  これからのペテロは、自分の思うように歩まない。
  「望まないところに…」とは、殉教の予告である。

 2.ペテロの再出発(19節)

  「わたしに従いなさい。」

  主を3度否定してしまったペテロは、再び立ち上がって
  イエスに従った。そして彼は、聖霊の力によって変えら
  れていった。

 3.私たちがなすべきこと

  ペテロのように、私たちも聖霊の力によって変えられて
  いく必要がある。私たちが聖霊に満たされて、その力に
  おゆだねする時、主が私たちを通して御業を現し、豊か
  な実を結ぶのを見るようになる。

                   (文責:小山淳也牧師)


2018年6月3日(日曜日)

「新たな使命」ヨハネ21:15-17

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「新たな使命」ヨハネ21:15-17

 和解の食事の後、主イエスはペテロに
 新たな使命を与えた。

 1.「わたしの子羊を飼いなさい」(15節)

  幼い(年齢的に、あるいは救われて間もない)信仰者を養い、
  育てるよう命じた。
  具体的には、霊の乳(みことばの乳)を与えることである。
  (汽撻謄2:2)

 2.「わたしの羊を牧しなさい」(16節)

  大人の信仰者を世話するよう命じた。
  具体的には、群れを導き、守ることである。(信者のケア)

 3.「わたしの羊を飼いなさい」(17節)

  大人の信仰者を養い、育てるよう命じた。
  具体的には、乳ではなく固い食物(みことば)を与え、
  成熟へと導くことである。(ヘブル5:12-6:3)

  ペテロに与えられた使命は、教会に与えられた使命でもある。
  私たちはこの使命のために世から呼び出され、一人一人に
  主から役割が与えられているのである。
  自分に与えられた役割が何であるかを祈り求め、その役割を
  通して、教会に与えられた使命を全うしていこう。

                   (文責:小山淳也牧師)


2018年5月27日(日曜日)

「主イエスとの和解」ヨハネ21:9-14

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「主イエスとの和解」ヨハネ21:9-14

 1.焼いた魚とパン(9-11節)

  ガリラヤ地方においては、焼き魚とパンは一般的な食事であり、
  弟子たちにとっても馴染みのメニューである。
  イエスは夜通し漁をしていた弟子たちのために朝食を用意して
  いたのである。

 2.和解の食事(12-14節)

  この食事はただの朝食ではない。
  ユダヤ的には、この食事は「和解の食事(契約の食事)」である。
  イスカリオテのユダだけでなく、十二弟子はイエスを裏切った
 (イエスが捕らえられた時に皆、イエスを捨てて逃げてしまった)。
  弟子たちが新たな歩みを始めるためには、復活の主イエスとの
  和解がどうしても必要だったのである。

 3.主イエスと和解せよ(黙示録3:20)

  私たちは、バプテスマを受けて主に従う決心をした時から
  キリストの弟子としての歩みが始まった。
  しかし、弟子たちのようにイエスから離れてしまうことがある。
  でも、そのような私たちにイエスは新しい召命(福音宣教のための使命)
  を与えて下さる。
  つまり、私たちも和解の食事に与あずかることができるのだ。
  「見よ、わたしは戸の外に立ってたたいている。だれでも、
   わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその人のところに
   入って彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」

                   (文責:小山淳也牧師)


2018年5月13日(日曜日)

「舟の右側に網を打ちなさい」ヨハネ21:1-8

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 「舟の右側に網を打ちなさい」ヨハネ21:1-8

 1.「私は漁に行く」(1-3節)

  元漁師だったペテロは他の弟子たちとともに
  ティベリア湖(ガリラヤ湖)で漁を始めたが、
  その夜は何も捕れなかった。
  実はここに神の摂理が働いている。
  彼らの使命は、もはや魚を捕ることではないのである。

 2.「舟の右側に網を打ちなさい」(4-6節)

  イエスは岸辺から弟子たちに、舟の右側に網を
  打つよう命じた。
  普通は舟の左側に網を打つところだが、反対側に
  打つようにとの助言である。
  彼らがその通りにすると、おびただしい数の魚が
  捕れた。
  ルカ5章の「大漁の奇蹟」と同じような出来事が起きたのだ。

 3.「主だ」(7-8節)

  大漁の奇蹟を経験していたヨハネは、岸辺にいる人が
  主イエスであると気づき、ペテロに「主だ」と言った。
  そしてペテロも気づき、すぐに湖に飛び込んだ。
  あまりの嬉しさに、からだが先に動いてしまったようだ。
  大漁の奇蹟は、ペテロがキリストの弟子として歩み始めた
  きっかけである。
  2度目の大漁の奇蹟を通し、彼は主イエスから召命を受けた
  時のことを思い出し、初心にかえったのだろう。
  クリスチャンにとって、救いやバプテスマ、あらゆる
  決心の時は宝である。
  主はその時のことを思い起こさせて下さり、私たちを
  初心にかえらせて下さるお方であ。

                    (文責:小山淳也牧師)


2018年5月6日(日曜日)

「見ないで信じる人たちは幸いです」ヨハネ20:24-31

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 「見ないで信じる人たちは幸いです」ヨハネ20:24-31

 1.トマス(24-25節)

 「私は、その手に釘の跡を見て、釘の跡に指を入れ、
  その脇腹に手を入れてみなければ、決して信じません」

  トマスは疑い深く、「この目で見なければ信じません」
  という人だった。
  ガリラヤに行くはずの弟子たちがなおエルサレムに
  留まり続けたのは、トマスのこの態度が影響したのだろう。

 2.トマスの前に姿を現すイエス(26-29節)

  トマスはイエスに答えた。「私の主、私の神よ。」
  トマスの信仰告白は、イエスの神性を証ししている。
  疑い深いトマスが、イエスの神性を証明するために
  用いられたのだ。
  イエスは彼に言われた。
 「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ないで
  信じる人たちは幸いです。」
 「見ないで信じる人たち」とは、後にイエスを信じる
  人たちのこと。
  私たちは、聖書を通してイエスを信じることができる。

 3.ヨハネの福音書の目的(30-31節)

  .ぅ┘垢神の子キリストであることを信じるため。
   ※それを証明するためのしるしが7つ記されている。

  ▲ぅ┘垢鬟瓮轡△反じて、御名によっていのちを得るため。

                    (文責:小山淳也牧師)


2018年4月29日(日曜日)

「父がわたしを遣わされたように」ヨハネ20:19-23

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  「父がわたしを遣わされたように」ヨハネ20:19-23

 1.恐れる弟子たちの真ん中に(19-20節)

  恐れに支配され、霊の目を閉ざされていた弟子たちは、
  ガリラヤに向かうことなくエルサレムにとどまっていた。

  彼らはイエスの復活の預言を確信していなかったのである。
  恵みとあわれみ深い主イエスは、そのような弟子たちの
  前に姿を現し、彼らが復活を信じることができるように
  して下さった。

 2.派遣(21節)

 「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わされた
  ように、わたしもあなたがたを遣わします。」

  イエスは、福音を宣べ伝えるために、父なる神によって
  この世に遣わされた。それと同じような関係がイエスと
  弟子たちとの間に起こった。
  弟子たちはイエスによって遣わされていく。
  キリスト者を宣教地に派遣するのはイエス・キリストである。

 3.聖霊によって(22-23節)

 「聖霊を受けなさい。」

  弟子たちはイエスによって聖霊を受け、聖霊によって
  宣教の働きは進んでいった。
  彼らの使命は罪の赦しである。
  もちろんそれは彼らの力ではなく神の権威による。
  彼らの役割は、神の権威によってなされたことを人々に
  宣言することである。
  私たちも、神の権威によってこの世に派遣されている。

  

                    (文責:小山淳也牧師)


2018年4月22日(日曜日)

「世から呼び出された私たち」

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 「世から呼び出された私たち」 牧師小山淳也

 「こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの
  全地にわたり築き上げられて平安を得た。主を恐れ、
  聖霊に励まされて前進し続け、信者の数が増えていった。」
  使徒の働き9章31節

 「教会」の原語(ギリシャ語)は「evkklhsi,a(エクレシア)」
 です。
 これは「呼び出された人々」という意味です。
 教会とは建物(会堂)のことではなく、「神によって世から
 呼び出された人々」のことなのです。
 教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地にとどまらず、
 全世界に築き上げられていきました(使徒1:8)。

 今から50年前、私たちの教会は名古屋聖書バプテスト教会から
 独立し、教会としての歩みが始まりました。

 そして、この50年間、多くの人々が教会に導かれ、
 イエス・キリストを信じ救われ、父、子、聖霊の名において
 バプテスマを授けられ、教会のメンバーに加えられました。

 初代教会と同様、私たちも世から呼び出された人々です。
 そして、私たちも聖霊に励まされて、これからも前進し続けるのです。

 そのために主は、私たちにビジョンを与え、進むべき道を示して
 下さっています。
 これまでの恵みに感謝しつつ、なお聖霊に導かれ、前進してまいりましょう。


2018年4月15日(日曜日)

「主にある交わりを持とう」汽茱魯1:3-7

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 「主にある交わりを持とう」汽茱魯1:3-7

 1.交わりとは何か

  聖書的交わりとは、主イエス・キリストにあって
  人生を共有すること。
  すなわち、キリストによって世から呼び出され、
  救われ、神の家族とされた者同士の親密な交わりで
  ある。

 2.交わりの内容

  ゝГ蝓吻競灰螢鵐1:11)

  ⊃仰(ローマ1:12)

  J仕(競灰螢鵐8:4)

  ざ貽顱吻汽撻謄4:13)

  ザ気─併氾2:42)

 3.聖書的交わりの基盤

 「私たちの交わりとは、御父また御子イエス・キリスト
  との交わりです。(3節)」

  他のクリスチャンとの交わりを持つためには、
  まずイエス・キリストとの交わりを持たなければ
  ならない。
  主イエスと深い交わりを持ち、主とともに歩むことに
  よって、他のクリスチャンとも良き交わりを持つこと
  ができるのである。
  そのために、私たちがまず取り組むべきことは、
  礼拝である。
  礼拝こそ、私たちが主イエスと交わる最も恵まれた
  時であると同時に、クリスチャン同士の最も良き
  交わりの時なのである。

                    (文責:小山淳也牧師)


2018年4月8日(日曜日)

「わたしはあなたの名を呼んだ」ヨハネ20:11-18

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  「わたしはあなたの名を呼んだ」ヨハネ20:11-18

 1.わからなかったマグダラのマリア(11-14節)

 「イエスが立っておられるのを見たが、それがイエスで
  あることが分からなかった(14節)」

  復活のイエスが目の前におられるのに、なぜわからな
  かったのか。
  一番の理由は、霊的な目が閉ざされていたことだろう。
 「イエスは死んだ。生きているはずがない」と
  思っていたのだろう。

 2.名前を呼ぶイエス(15-16節)

 「イエスは彼女に言われた。『マリア』(16節)」

  マグダラのマリアは「マリア」という呼びかけの声で、
  ようやくその人がイエスであることを悟った。
  イエスは私たちの名を呼んで下さるお方である(イザヤ43:1)。

 3.復活の証人となったマグダラのマリア(17-18節)

  マグダラのマリアは、復活の第一の証人となった。
  「私は主を見ました(18節)」
  福音の根幹は、キリストの死とよみがえりである。
  マグダラのマリアは、そのことを弟子たちに伝えた。
  つまり、彼女が第一の福音宣教者となったのである。

  神は、この世で弱いとされる者を、御業のために
  用いられる。
  同じように、主イエスは私たちの名前を呼び、
  罪から救い出して下さる。
  そして、私たちを御業のために用いて下さるのである。

                    (文責:小山淳也牧師)


2018年4月1日(日曜日)

「見て、信じた」ヨハネ20:1-10

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 「見て、信じた」ヨハネ20:1-10

 イエスは金曜の午前9時に十字架につき、
 午後3時に息を引き取った。
 そして、その日の日没前に墓に葬られた。
 そして三日目すなわち日曜の朝、イエスは復活した。

 1.マグダラのマリア(1-2節)

 「マグダラのマリアは墓にやって来て、墓から石が
  取りのけられているのを見た(1節)」

  マグダラのマリアは、墓から石が取りのけられて
  いるのを確認し、「だれかが主のからだを取って行った」
  と思った。

 2.ペテロとヨハネ(3-10節)

 「亜麻布が置いてあるのが見えたが、中に入らなかった(5節)」

  ヨハネは、亜麻布が置いてあるのを確認した。

 「亜麻布が置いてあるのを見た(6節)」

  ペテロも、亜麻布が置いてあるのを眺めた。

 「そして見て、信じた(8節)」

  ヨハネはよく見て、イエスの復活を信じた。

  私たちはイエスの復活を直接見ることはできないが、
  みことばを通して弟子たちの証言を見て、復活を
  信じることができる。

                    (文責:小山淳也牧師)


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