1.憤りを覚えるパウロ(16節)

 「パウロはアテネで二人を待っていたが、町が偶像でいっぱいなのを見て、心に憤りを覚えた。」

 かつてユダヤ人も偶像礼拝をしていたが、バビロン捕囚を通して悔い改め、偶像礼拝から解放された。ユダヤ人であるパウロは、偶像礼拝がいかに神を悲しませるか、また、いかに恐ろしいかをよく知っていたのである。

2.一人で伝道を始めるパウロ(17-18節)

 パウロは、安息日に会堂でユダヤ人たちや神を敬う異邦人たちに福音を語り、安息日以外の日には広場(アゴラ)では異邦人たちと論じ合った。広場には哲学者たち(エピクロス派とストア派)もいて、パウロと議論したが、彼らはイエスと復活の教えを理解することはできなかった。

3.アレオパゴスに連れて行かれるパウロ(19-21節)

 哲学者たちは、パウロをアレオパゴス(評議会)に連れて行った。彼らは知的好奇心を満足させるためにパウロに語らせようとしたと思われる。こうして、パウロに福音を語る機会が与えられた。

【まとめ】

・人は、何かを拝まずにはおれない存在である。

(文責:小山淳也牧師)