2020年11月29日 礼拝説教要旨(使徒の働き講解説教90)

「看守とその家族の救い」使徒16:25-34

1.牢獄での祈りと賛美(25-27節)

 パウロとシラスは、牢獄の中で神に祈りつつ賛美していた。彼らはむち打ちの刑に遭って、肉体的には相当苦しんでいたはずだが、霊的には打たれていなかった。彼らの信仰は状況に左右されるものではなかったのである。この時突然大地震が起き、パウロとシラスを含めた囚人たち全員の鎖が外れた。

2.看守とその家族への伝道(28-34節)

 ローマでは、牢獄の囚人が脱獄した場合、看守は死刑である。この時看守は、囚人たちが逃げたと思い込み自害しようとしたが、パウロに止められた。パウロとシラスの賛美に聞き入っていた他の囚人たちは、二人の背後におられる神を感じ、大地震が起きた時に畏怖の念を抱いて逃げなかったのではないかと思われる。その畏怖の念は看守も抱いたようである。彼はパウロとシラスの前にひれ伏し「救われるためには、何をしなければなりませんか」と尋ねた。死刑の心配がなくなった彼は、今度は霊的な救いを求めたのである。パウロとシラスは「主イエスを信じなさい」と言って福音を語った。こうして、看守とその家族が救われ、彼らは喜びに満たされた。

【まとめ】

① 主を喜ぶことは、力である。

② 主にある喜びは、更なる喜びをもたらす。

(文責:小山淳也牧師)