今年も昨日まで青年Fキャンプがありました。
出席された兄姉だけでなく青年会お一人お一人の祝福をお祈りします。
祈りつつ、これまでも折々に引用したマグラスの「信仰の旅路」を開いてみました。
「クリスチャンの霊性をはっきり示す洞察のパターンは、次のように要約されます。
1.過去に神がなさったすべてを思い出すこと。
2.未来に神が行うと約束なさったすべてのことを予期すること。
3.現在においてクリスチャンとしての信仰と生活の質を深めようと決意すること。」(p39)
クリスチャンとして信仰と生活の質を深める…には、何よりも、神にのみ
帰せられるべき栄光をお帰しすることが欠かせません。
神を讃えることをしっかりされることです。
詩篇136篇には「主に感謝せよ…」とあり、私たちが神をほめたたえる理由は
「ただひとり、大いなる不思議を行われる方に。その恵みはとこしえまで。
主はエジプトの真ん中から連れ出され…荒野で御民を導かれた方に。
その恵みはとこしえまで。」(136:1-26)とあります。詩篇71:1〜24
しかし今学んでいますように、小預言書が書かれた時代、イスラエルは神に栄光を
帰することに無関心な時代でした。
それは、とりもなおさず「偶像崇拝」の中で人々は生きていました。
この時代、エレミヤのことばは私たちの心に深くとまります(10章)。
私たちの日々の生活において、神を誉め讃えるとは「栄光と力」を本来それを
お持ちの方、神に帰することです。
詩篇29篇を読んでみましょう。
そこで心しておきたいのは、私たちが神をたたえるのは「救われている」経験や
「神が私を導いて下さった」だけによるものではありません。
私を救い、導かれた神「だから」讃えるを基礎としていますと、
神に栄光を帰すことは「私が導かれているか、いないかの経験や気分、また都合」で
どうにもなることで、すぐに偶像崇拝が始まります。
私たち人間は、神の尊厳と偉大さを讃えるように神によって造られたものです…を
しっかりされましょう。
(文責:藤野千郷名誉牧師)